2018/2/15 at ISAO office

俺らにとっては当たり前!管理をなくして会社の成長無限大

第一回「はじめに」
第二回「ソニックガーデン>フリーランス>会社になれば誰も辞めない」
第三回「バリフラットはマッチョな超体育会系!?」
第四回「資本主義と……程よく付き合う VS 振り切る」
最終回「俺らの経営、決定的な違いとは?」

第三回「バリフラットはマッチョな超体育会系!?」

対談写真11

赤字から得るもの

中村
会社が成長しないと給料も出せないし、サステイナブルな仕組みにしていく必要がありますよね。
ISAOはチャレンジを重要視しているので、失敗はいくらしてもいいと言っています。
ただ、同時にオープンさも大事にしていますので、失敗した人がカジュアルセミナー(昼食時にみんなの前で発表)で失敗からの学びを発表することもあります。
倉貫
結構マッチョな世界観ですよね?
バリフラットで、オープンで、どんどんチャレンジするっていう、生存競争の激しい世界というか…。
中村
これは、ISAOのみんなに聞いてもらった方がいいかもしれないですけど、全然ガチガチしていないです。
先ほどお話ししたカジュアルセミナーも、誰かが「お前やれよ。」と言ったわけではなく、自発的に本人が決めてやってくれました。
その彼は、倉貫さんがおっしゃるところの「してはいけない受託開発」で結構大きい赤字をだしたことがあって。
彼が開発リーダーだったのですが、決して彼一人の責任ではありませんでした。そもそもの要件定義よりも開発内容が膨らんでしまったのもあるし、膨らみかけたときにお客さんと交渉すべきだったのですが営業とうまく連携が取れなかったりと、チームとして反省すべき点がたくさんありました。
そういう開発でトラブった場合、ISAOは有志のエンジニアが寄ってたかって解決します。そうすると最終的にはなんとか解決できるんですけど、人がかかっている分赤字は膨らみます。
倉貫
でも、寄ってたかって解決しているときって、けっこう楽しい瞬間でもありますね。(笑)
中村
そうそう、祭りだー!みたいな。(笑)
僕ら、ボーナスは等級ごとに一律なんですが、頑張ったとか実績をだした人には別途アワードって形で表彰しているんですね。
彼らプロジェクトメンバーは大赤字を出しましたが、アワードに選出されました。
たとえトラブったとしても、必死なチャレンジを尊ぶISAOらしさが垣間見える場面ですね。
プロジェクトが落ち着いてきたころ、彼に聞かれたことがありました。何でこんなに怒られないのか?と。
「だって、十分勝手に反省してるじゃん。」と答えました。
同時に、「大事なのは次に同じような場面が来たらどうするか。この経験を通して成長できているのか。次はもっとうまくやれるのか。」という話をしました。 その話をした後、彼は自分が主導して、シニアメンバーに声をかけて振り返りミーティングを行うことにしたんです。
「このときどうした。」「このときにこんなドキュメントをだした。」「このときに工数が膨らんじゃって…。」とか。
全部振り返ってみたら失敗が腹落ちしたらしく、ある日「カジュアルセミナー“しくじり先生“を開催します。」と言ってきました。
それいいね!と。
単純にその姿勢がよいっていうのもありましたし、面白いという価値観を大事にしている会社ですので、「しくじり先生」は面白い!となりました。
倉貫
本人が反省しているのが分かるから怒らなくてもいいっていうのは、なんていうか人間力が問われますよね。
だって赤字だろ!みたいなのあるじゃないですか。(笑)
対談写真12

チャレンジして失敗するは全然いい。一番ダメなのは一生懸命やらないこと。

中村
「なんだこのやろー!」って思うことは全然ないですね。
だって怒るようなことではないじゃないですか。しょうがない。
僕がすごく腹立つのは一生懸命やらない人。
人はそれぞれ、スキルと経験が違います。
なので、アウトプットの質も量も異なります。
ただ、みんなに等しく求めるのは「一生懸命やっているのか。」ということ。
これだけです。
一生懸命やって失敗するのはしょうがない、という価値観です。
倉貫
その通りなんですけど、それができるのは中村さんに人間力があるからですかね。
普通の人は怒ったりすると思うんですが。
中村
自分で目標立てて一生懸命やると、力出るじゃないですか。
そのプラスアルファの力を僕はかなり信じているんですよ。
とはいえ、会社が潰れるようなことでは困るので、大小含めて経営目線で細かくは計算しています。かなりの数失敗しても、会社って意外と大丈夫なようにできているんです。
それは経営の見積もりであり、リスクマネジメントです。
想定を超える失敗が積み重なったときは、怒るというより焦りますね。(笑)
倉貫
営業出身の社長のイメージって急成長!売上ドンドン伸ばす!という方向でいくと、失敗したときに「おいおい!!!」みたいな厳しいイメージがありますが、そこはそうなったらしょうがないんじゃないっていう世界観を持っていらっしゃるんですかね?
対談写真13
中村
しょうがないっていうか、そんなもんだろうって。やっぱり一生懸命やるかどうかですね。
誰かにマイクロマネジメントされてやる仕事より、自分で決めて一生懸命やったときの方が結果は確実に良くなりますし。
自分の若いときの経験で、一生懸命やっているときって責められてもどうしようもないから開き直るしかないんです。
ただ、行動や考えかたが足りなかったときはやはり反省はしなければいけないと思っています。そのときに一緒に考えてくれる、メンターのような関係性がある人を作るというのも重要ですね。
一生懸命やれば結果は問わない。失敗したらリカバリーは必死でやる。その人だけで、足りなければ、周りが寄ってたかって助ける。
みんなで問題を解決しているときは楽しいし、みんなも仲良くなるし盛り上がるし、失敗も共有できるから同じ失敗はしなくなる。
そんなわけで、ここ2~3年の受託開発は赤字になることが何度かありましたが、今年度は1つもありませんでした。
やっぱり個人個人が強くなりチームに共有することで自然にレベルが上がり、失敗が少なくなってきたのだと感じています。
ちゃんとやっていけば、受託も意外と成立しますね。(笑)

上手くいかなくなった結果、全部やめてみた!

倉貫
僕も今でこそ管理のない会社経営とかしていますけど、社内ベンチャーのときはガチガチに管理していました。
今と真逆の会社経営ですね。
33歳までエンジニア一筋で、そこから社内ベンチャーで始めて、経営が全然わかってませんでした。
ずっとエンジニアだから、プロダクト営業やマーケティングをしたことがない。どうやったらモノが売れて、事業がうまくいくのかがわかりませんでした。
上場企業なので、社内ベンチャーをやるにしても計画が必要。その計画を達成するかしないかで評価が決まるんですよ。
新規事業なのに鉛筆舐めるって…今考えるとよくわからないんですけど。(笑)
このときには3社に売れて、このときには5社に売れて…って変なグラフ書いて数字をだして。
これが経営なのかと。
これをやるためにこうやっていこうって、作った計画通りに一生懸命やったんですけど、うまくいかなかったです。
新規事業なので当たり前なんですけど、当時はわからなかった。
今考えれば、売れなかったらお客様の声をきいて商品を改善しましょうってなるのですが、当時はやっぱり他のメンバーを怒ってしまいましたね。
まだ若かったし、「何で売れないんだ!もっと頑張れよ!!!」とか言っちゃたり。
上場企業では半期、四半期ごとに評価されるので、焦るじゃないですか。
一年間全然売れないし、怒っても上手くいかないし、気持ちばかりが焦って…
それで、何かがおかしいなって違和感を感じました。
計画立てたけど、計画通りにうまくいかない。エンジニアの管理をすると、言ったことしかやらないからうまくいかない。
それでやけくそになって、そういうやり方自体をやめよう!となりました。
対談写真10
まず、お客さんの要望を営業から聞くことをやめました。
エンジニアが営業同行してお客さんと直接話をするようにしたら、本当の要望がつかみやすくなりました。
「あれ?管理しない方がうまくいくんじゃない?」と考え、他にも色々それまでやってきたことをやめました。
一例をだすと、マーケティング費用。
イベントにブース出展したりしたんですけど、鳴かず飛ばずで。
費用をかければ儲かると思っていたけど、全然成果が出ずにやめました。
営業もテレアポしてたのですが、テレアポが死ぬほど苦手でした。
やってみたけど三日で泣きが入り、テレアポもやめました。
その代わり情報発信を積極的にして、このサービスを使いたい人にだけ来てもらう方法に変えました。
メンバー管理も、管理するとしただけしか働かないから、やめました。
もうやけくそになっていたから、当時の営業(現副社長)が「どうせ儲からないなら、営業に行って仲良くなったお客さんを助けたい!」って言いだしました。 それまでだったら、赤字になるし何言っているんだって話になるんですけど、もうやけくそだから「いいよ、好きにやれよ」って。笑
半年くらい経ったら彼がすごくお客様と仲良くなり、全然儲かっていないんですけどお客様のつながりから別件でビジネスができたんです。
それで首の皮一枚繋がりました。
ここで、今まで商売を勘違いしていたなと気づきました。
お金を儲けることが経営だと思っていたんですが、そうじゃなくてお客さんを喜ばせてからお金をもらうんだなと。
人も言うこときかせて働かせるんじゃなくて、やりたいことをやらせる方がうまくいくんだなと。
でもね、それってよくよく考えてみたら経営をやる前にアジャイル開発でやっていたことなんですよ。
開発はずっとアジャイルでやってきたのに、経営になったらなんでウォーターフォールになってしまったんだろうと思いましたね。
世の中の「経営」っていう常識にとらわれ過ぎていました。
独立したときから事業計画をだせという上司はいなくなったので、開発もビジネスも全部アジャイルでやっていこうとなり今に至ります。
社内ベンチャーの2年間だけ何かがおかしかったようです。(笑)

第四回「資本主義と……程よく付き合う VS 振り切る」
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